――その「優しさ」は、本当に自分を守っているのか
「ワークライフバランスを大切にしよう」
この言葉を聞かない日はもはやない。
残業を減らし、休みを増やし、心身を守る。
一見するととても正しく人間的で、誰もが賛成したくなる主張だ。
だが、ふと立ち止まって考えてみる。
猛追してくる後続に、それで勝てるのだろうか。
ワークライフバランスは、誰のためのものか
ワークライフバランスは、本来「過労による破壊」から人を守るための概念だったはずだ。
長時間労働、過度な責任、心身の疲弊。
そうした状態を是正するという意味では、間違いなく価値がある。
しかし近年語られるワークライフバランスは、少し様子が変わってきているように感じる。
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仕事はほどほどでいい
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無理をしないことが正義
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競争は悪いもの
こうした空気が、半ば前提のようになってはいないだろうか。
「優しい制度」が作る、抜け出せない構造
表向きは「労働者の権利を守る」制度。
だが、少し引いた目で見ると、別の構造が見えてくる。
それは、
生活できる最低限の所得は与えるが、好きなように生きられるほどは与えない
というラインを、社会全体で推奨しているようにも見える点だ。
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食べていける
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家賃は払える
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娯楽も多少は楽しめる
だが、
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大きな選択肢は持てない
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資産はなかなか増えない
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将来に対する余白がない
結果として、人はその環境から抜け出しにくくなる。
「ちょっと足りない」が、最も人を縛る
極端な貧困は、問題として可視化されやすい。
だが、もっと厄介なのは「ちょっと足りない」状態だ。
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余裕はないが困窮でもない
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不満はあるが動くほどではない
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文句は言うが挑戦はしない
この状態は、人を静かに固定する。
お金がさほど貯まらない。
だが生活は回る。
だから、今の職場で働き続けるしかなくなる。
これは、意図せずとも労働力を長期間、安定的に供給させる構造になっている。
甘い環境は、人を鈍らせる
さらに厄介なのは、その「甘いワークライフバランス環境」に慣れてしまった後だ。
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定時退社が当たり前
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負荷の高い仕事は避ける
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成果よりプロセス重視
この環境に長くいると、普通の競争環境に戻れなくなっていく。
体力だけの話ではない。
精神的な耐性、思考の瞬発力、リスクへの感覚。これらが少しずつ削られていく。
そしてある日、気づく。
「他の会社では、もう通用しないかもしれない」
これは「貧すれば鈍する」の現代版ではないか
「貧すれば鈍する」という言葉がある。
貧困は、人の判断力や行動力を奪うという意味だ。
だが、現代の問題は、必ずしも分かりやすい貧困ではない。
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そこそこ安定
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そこそこ快適
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そこそこ不満
この「そこそこ」の連続が、人を鈍らせる。
挑戦する気力を削ぎ、考える力を奪い、現状維持を最適解だと錯覚させる。
これは、極めて巧妙な誘惑だ。
週休3日・4日は、本当にゴールなのか
週休3日、週休4日。
響きはとても魅力的だ。
確かに、休みが増えること自体は悪くない。
だが、ここで問うべきは、
その先に、どんな未来が用意されているのか
という点だ。
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余った時間で何をするのか
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その時間は将来にどう繋がるのか
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競争力は維持できるのか
ただ休みが増えただけでスキルも資産も増えないのであれば、未来は決して明るくならない。
世界は、こちらの都合を待ってくれない
厳しい現実だが、世界はワークライフバランスを理由に待ってはくれない。
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より長く働く人
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より多く学ぶ人
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より強い覚悟で挑む人
こうした後続は、確実に存在する。
彼らは、「休みが少ないから不公平だ」とは言わない。
ただ黙って、距離を詰めてくる。
本当の選択肢は「バランス」ではない
誤解してほしくないのは、「休むな」「働き続けろ」と言いたいわけではないという点だ。
問題は、バランスという言葉で、思考停止していないかということだ。
本当に考えるべきは、
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今の働き方は、未来に繋がっているか
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競争力は高まっているか
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選択肢は増えているか
これらだ。
ワークライフバランスの本当の意味
本来のワークライフバランスとは、
人生全体で見て、選択肢を最大化するための配分
ではないだろうか。
若い時期に働く比重が高いこともある。
ある時期は、意図的に負荷を下げることもある。
問題は、最初から負荷を下げることを前提にしてしまうことだ。
その「優しさ」は、未来を削っていないか
ワークライフバランスを否定するつもりはない。
だが、無条件に肯定するのも危険だ。
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生活できるが自由はない
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安定しているが抜け出せない
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優しいが成長しない
この状態が、果たして「守られている」と言えるのか。
そのバランスは、自分の未来を強くしているか。
この問いだけは、常に自分に向けておいた方がいい。
休むことは悪ではない。
だが、思考停止は致命的だ。
週休3日や4日がゴールになる社会に、本当に希望はあるのか。
その大義名分の先に何があるのか。
一度、冷静に考えてみる価値はあると思う。