自分の地図を持っているか?

――他人の目的地に向かって歩いていないか

自分の目的地を書いた「地図」を、ちゃんと持っているだろうか。
それとも、気づかないうちに他人の地図だけを握りしめて歩いてはいないだろうか。

毎日忙しく働いていると、この問いは意外なほど後回しにされる。
目の前のタスク、締切、評価、指示。
それらをこなすことで一日が終わり、気づけば一年が過ぎ、さらに数年が経っている。

忙しさは思考を奪う。
そして思考を奪われた状態では、自分の地図を描く余裕はなくなる。


他人の地図で歩くということ

多くの人は、就労という形で社会に参加している。
それ自体は何も悪いことではない。
問題は、その状態が長く続くことで、自分の地図を持たないまま歩き続けてしまうことだ。

たとえば、

  • 会社に勤め、会社の方針に従い、上司に言われた通りの仕事をこなす

  • 公務員として、決められたルールの中で淡々と業務を続ける

  • お金のためだけに、学びもなく、好きでもない仕事を続ける

これらはすべて、
他人が描いた地図の上を歩いている状態と言える。

会社には会社の目的地がある。
組織には組織のゴールがある。
それ自体は合理的で、社会を回すために必要な仕組みだ。

ただし、その地図の終着点が、
あなたの人生の目的地と一致しているとは限らない


忙殺されると、問いを失う

人は忙しくなると、「考えなくていい状態」に入る。
これは一種の防衛反応でもある。

  • 次のタスク

  • 次の締切

  • 次の評価

これらに追われていると、「自分はどこに向かっているのか?」という問いを考える余地がなくなる。

むしろ、その問いは邪魔ですらある。

考えてしまうと、「今やっていることは本当に自分の望む方向なのか?」という不安が生まれるからだ。

だから、人は無意識のうちに問いを避ける。
そして、他人の地図を「安全なもの」として受け入れてしまう。


地図を持たないことのリスク

問題は、地図を持たないまま長い距離を歩くことだ。

最初は気にならない。
むしろ、道が整備されていて歩きやすいことも多い。
周囲にも同じように歩いている人がいるので、安心感もある。

しかし、ある時ふと立ち止まったとき、こう思う瞬間が来る。

「……ここは、どこだ?」

  • 想像していた人生と違う

  • 時間は過ぎたが、納得感がない

  • 何を目指していたのか分からなくなっている

これは、目的地を意識せずに歩き続けた結果だ。

歩くこと自体は真面目にやってきた。
努力もしてきた。
だが、向かう先を意識していなかったために、
目的地とは違う場所に辿り着いてしまう。


自分の地図とは何か

ここで言う「自分の地図」とは、大それた人生設計や完璧な計画である必要はない。

  • どんな状態で生きていたいか

  • 何を大切にしたいか

  • 何はやりたくないか

こうした方向性の感覚こそが地図だ。

重要なのは、「正解の地図」を持つことではない。

自分で描いた地図を持っていること

これが何よりも大切だ。

地図は途中で書き換えていい。
目的地が変わってもいい。
むしろ、変わるのが自然だ。

だが、地図そのものを持たずに歩くのと、仮でもいいから地図を持って歩くのとでは、進み方がまったく違ってくる。


目的地を常に意識しているか

自分の地図を握りしめるとは、「常に目的地を意識する」ということだ。

  • 今やっている仕事は、どこに繋がっているのか

  • この選択は、自分の望む方向に近づいているのか

  • 少なくとも、遠ざかってはいないか

こうした問いを、定期的に自分に投げかける。

忙しさの中では、この問いを忘れがちになる。

だからこそ、意識的に立ち止まる必要がある。


他人の地図を使うこと自体は悪くない

誤解してほしくないのは、「他人の地図を使うこと=悪」ではないという点だ。

  • 組織の中で経験を積む

  • 他人のプロジェクトに乗る

  • 既存の仕組みを利用する

これらは、人生の中で非常に有効な手段になり得る。

問題は、それが自分の地図とどう繋がっているかを意識しているかだ。

他人の地図を「借りる」のと、他人の地図に「人生を委ねる」のとでは、意味がまったく違う。


地図を取り戻すということ

もし今、「自分は他人の地図で歩いているかもしれない」と感じてもそれは悪いことではない。

むしろ、地図を取り戻すチャンスだ。

  • 自分は本当はどこに行きたいのか

  • 何を得たいのか

  • 何を捨ててもいいのか

答えがすぐに出なくてもいい。
大切なのは、問いを持つことだ。

問いを持つ人は、少なくとも流され続けることはない。


地図を持って歩こう

忙しさは、地図を奪う。
組織は、他人の地図を差し出してくる。
それ自体は悪意ではなく、構造の問題だ。

だからこそ、

自分の地図を握りしめ続ける意識

が必要になる。

完璧でなくていい。
仮でいい。
途中で描き直していい。

ただ一つ大切なのは、目的地を意識せずに歩かないことだ。

自分の地図を持っていないと気づかないうちに、自分の人生を他人の目的地に捧げてしまう。

それだけは、避けたい。

今日も歩くなら、せめて地図を確認してから、一歩を踏み出そう。