──中高生から「失敗できる人生」を設計するという考え方
「大学には行ったほうがいい」
この言葉は、いまだに強い前提として残っている。
就職のため、社会に出る準備のため、失敗しないための安全なレールとして。
確かにそれは一理ある。
だが、ふと立ち止まって考えると、どうしても引っかかる。
同じ4年間を、もっと密度の高い“学び”に使えないだろうか。
大学に行かずに挑戦し、失敗し、成功する経験を積んだ方が、価値があるのではないか。
そんな問いが、ずっと頭の中にある。
大学の価値は下がったのか?
結論から言えば、大学の「知識を得る場」としての価値は、確実に相対的に下がった。
経済、法律、会計、投資、経営、論理思考。
これらは今や、
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書籍
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実務
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オンライン教材
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AI
で十分に学べる。
大学で学んだことが無意味だったとは思わない。
ただ、それは「大学に行ったから」ではなく、体系的に触れたから役に立ったのだと思う。
今の大学の本当の価値は、知識よりもむしろ就労市場へのパスポートにある。
新卒一括採用、学歴フィルター、大企業への入り口。
この仕組みが残っている限り、大学が有利な場面は確かにある。
だがそれは、「人生に必須」という意味とは違う。
大学に行かない、というより「後回しにする」
重要なのは、大学に行くか行かないかではない。
大学を“閉じる”のか、“後回しにする”のか。
もし本人に、
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やりたいことがある
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事業でもサービスでも、挑戦したい対象がある
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失敗しても戻れる環境がある
この条件がそろっているなら、先に挑戦するのは十分に合理的だと思う。
大学は、必要になったら行けばいい。
その時に「使える場所」として残しておけばいい。
挑戦・失敗・成功を「大学4年間」で回す
大学の4年間で得られるものを分解してみると、実はこうだ。
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知識
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思考訓練
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人間関係
これらはすべて、実際の事業や挑戦の中でも得られる。
しかも多くの場合、密度は圧倒的に高い。
事業では、
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今日の判断が明日の結果になる
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今月の失敗が来月の存続を左右する
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知識は「必要だから」必死で身につく
- 手痛い失敗は経験として身に付く
試験のための勉強と、生き残るための学習。
定着率が違うのは言うまでもない。
失敗と成功の回転数が違う。
これが最大の差だ。
中高生だからこそ、やっていい挑戦がある
正直に言うと、中学生・高校生の失敗は社会的コストがほぼゼロだ。
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成功も失敗も履歴書には有効
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世間体も壊れない
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親が見守れる
一方で、
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行動力
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体力
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怖いもの知らずのメンタル
は、この時期がピークに近い。
だからこそ、
怖いもの知らずで突き進めるうちに
壁は壊しておいた方がいい
そう思う。
後になればなるほど、人は慎重になり、失うものが増え、壁を壊す勇気が出なくなる。
「つけ上がらないように叩きのめす」という意味
少し強い言葉だが、ここで言う「叩きのめす」は、親が怒鳴ることではない。
市場と現実で殴られる経験をさせるという意味だ。
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売れない
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誰にも評価されない
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お金が減る
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一般常識が間違っていた
これは感情論ではなく、数字と結果が教えてくれる。
親は後ろで安全網を張る。
だが前線では助けない。
この距離感が、一番効く。
初期資金は「中程度」がちょうどいい
高校卒業くらいの価値観で見ると、
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日本で1,000万円
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シンガポールなら体感でその2倍
この金額は相当重い。
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失っても人生は壊れない
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でも軽く扱える金額ではない
この「中程度」の資金が、一番判断を研ぎ澄ませる。
少なすぎれば生活に追われる。
多すぎれば緊張感がなくなる。
だからこそ、このレンジで何度も挑戦し、何度も失敗し、精度と感覚を磨いてほしい。
資産を残すより、資産を作れる人間を作る
正直なところ、僕はまだ資産を増やし続けるつもりだ。
でもそれは、子供に遺産をたくさん残すためではない。
僕の資産を待たずに
自分で形成してほしい
なんなら僕より形成してほしい
そう思っている。
早いうちに挑戦し、自分の力で資産を作れるようになれば、相続はただのオマケになる。
……まあ、成功したらもちろん配当はもらいますけどね(笑)
これは冗談半分だが、半分は本気だ。
家族であっても、事業は価値交換の世界だから。
親子で同じ事業をやって競う、という実験
最近ふと思ったのは、
子供が「これをやりたい」と言った事業を、自分も同時にやってみるというアイデアだ。
同じテーマ、同じ市場。
年齢と経験だけが違う。
どちらが成長できるか、どちらが事業として成立するか。
これは親子対決ではない。
条件差の実験だ。
言葉で教えるより、結果がすべてを語る。
そして親子でそれぞれ体験するので意見交換もできる。
大学は「保険」として残しておけばいい
この考え方は、大学否定ではない。
大学は、
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義務でもなく
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ゴールでもなく
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逃げ場でもない
必要になったときに使える保険として残しておけばいい。
挑戦してみて、学問的に整理したくなったら行けばいい。
事業経験を経て大学に行く人間は、吸収力も、理解度も、目的意識もまるで違う。
挑戦の自由を
人生は、準備のためだけにあるわけじゃない。
生きることそのものが学びになる時代だ。
だから、
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早く挑戦していい
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早く失敗していい
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何度やり直してもいい
そのための「中程度の資金」と「戻れる環境」を用意できるなら、それはどんな学位よりも価値がある。
資産を残すより、資産を生み出せる人間を育てる。
そのためなら、もう少し頑張って稼ぎ続けるのも、悪くない。