――コントロール可能な領域を広げるという生き方
世の中には、どうしても「自分ではどうにもならないこと」がある。
国の政策、経済状況、勤めている会社の方針、上司の判断、業界の流れ。
これらは、自分がどれだけ考え、努力したとしても、直接コントロールすることは難しい。
それにもかかわらず、多くの人はこうした「どうにもならないこと」に多くの時間と感情を費やしてしまう。
怒り、嘆き、不安になり、将来を悲観する。
だが冷静に考えれば、それらに時間を使っても、現実はほとんど変わらない。
それよりも大切なのは、
自分の未来に対して「どうとでもできること」を見極め、そこに集中して行動すること
ではないだろうか。
コントロールできないものに人生を預けていないか
国の政策は、自分一人の意思で変えられるものではない。
会社の経営判断や人事方針も、自分が最終決定者でない限り、基本的には従うしかない。
上司の指示が理不尽だと感じても、それを完全にコントロールすることは難しい。
もちろん、意見を言うことや環境を変える努力は意味がある。
だが、それでも最終的な決定権は自分の手の外にあることがほとんどだ。
それにもかかわらず、
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給与が上がらないのは会社のせい
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将来が不安なのは国のせい
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老後が心配なのは年金制度のせい
と、人生の重要な部分を「自分では変えられないもの」に委ねてしまってはいないだろうか。
国の年金はコントロールできないが、老後資金は作れる
国の年金制度は、個人が直接コントロールできるものではない。
制度がどう変わるか、将来いくら受け取れるかは、政治や人口動態によって左右される。
不安を感じるのは自然なことだ。
だが、不安を感じ続けるだけでは何も変わらない。
一方で、
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自分で年金用の金融資産を作る
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配当や利息、家賃のような継続所得を積み上げる
こうしたことは、自分の意思と行動でどうとでもできる領域に属する。
国の年金を「当てにしない」という話ではない。
重要なのは、
国の制度に依存しすぎない構造を、自分で作ること
だと思っている。
給与はコントロールしにくいが、収入は設計できる
自分の所有する会社でない限り、給与を自由に決めることはできない。
昇給や賞与は、評価制度や会社の業績に左右される。
努力が必ずしも報われるとは限らない。
しかし、
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小規模な事業や副業
- 投資による配当収入
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利息収入
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暗号資産のステーキングやレンディングのような継続収益
これらは、自分で設計可能な収入だ。
重要なのは、
「給与=収入のすべて」
という状態から、少しずつ脱却していくこと。
投資とは「コントロール可能な未来」を増やす行為
投資というと、「儲かるかどうか」に意識が向きがちだ。
だが本質はそこではない。
投資とは、
自分でコントロールできるキャッシュフローを増やす行為
とも言える。
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いくら投資するか
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どんな資産に投資するか
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どのくらいのリスクを取るか
これらは、すべて自分で決められる。
市場の短期的な動きはコントロールできない。
だが、投資を続けるかどうかは自分で決められる。
この「決定権を持っている感覚」は、精神的な安定にも大きく寄与する。
コントロール可能な領域を、少しずつ広げていく
最初から大きなことをする必要はない。
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少額でも投資を始める
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家計を見直す
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学びに時間を使う
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将来の収支を簡単に書き出してみる
こうした小さな行動でも、「自分でコントロールできる領域」は確実に広がっていく。
大切なのは、他人や制度の判断に振り回されない余白を作ることだ。
不安の正体は「コントロール不能」から生まれる
多くの不安は、「自分ではどうにもならない」と感じるところから生まれる。
老後が不安なのも、収入が不安定なのも、将来が見えないのも、根っこには自分で舵を取れていない感覚がある。
逆に言えば、コントロール可能な要素が増えるほど、不安は小さくなる。
全てを支配する必要はない
誤解してほしくないのは、「全てを自分で支配しろ」という話ではない。
世の中には、委ねた方が楽なことも多い。
国の制度も、会社という仕組みも、役割がある。
ただし、
人生の根幹まで、他人や制度に丸投げしない
この姿勢が大切なのだと思う。
未来に対する主導権を取り戻す
どうにもできないことを、どうにかしようとしない。
その代わり、
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自分で作れる資産
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自分で設計できる収入
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自分で選べる行動
に集中する。
国の政策は変えられなくても、自分の老後資金は作れる。
会社の給与は決められなくても、投資による収入は設計できる。
人生のすべてをコントロールする必要はない。
だが、
自分の未来に対する主導権だけは、手放さない
それだけで、人生の見え方は大きく変わる。
不安を嘆くより、怒りを溜めるより、「自分でどうとでもできること」を一つずつ増やしていこう。
それが、最も現実的で、最も静かな強さだと思っている。