――キャッシュフローと幸福感の視点から考える消費の罠
ここ数年、さまざまな分野で「推し活」という言葉を目にするようになった。
アイドル、VTuber、アニメ、ゲーム、スポーツ選手、さらには企業やブランドまで、「推し」を持つことが一種のライフスタイルとして肯定的に語られている。
推し活は楽しい。
誰かを応援し、熱中し、共感を得る行為そのものは、人間として自然な感情でもある。
しかし一方で、冷静に見なければならない側面もある。
それは、推し活は基本的にキャッシュフローが大きくマイナスになる活動だという事実だ。
推し活は「消費」を前提とした仕組みである
推し活と呼ばれる行為を分解してみると、ほとんどが「お金を使う行動」に集約される。
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グッズ購入
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イベント・ライブ参加費
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チケット抽選
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サブスク
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スパチャ(投げ銭)
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限定アイテム・限定特典
どれも「推しを応援する」という名目のもとで、消費が促進される。
重要なのは、これらの多くが資産にならないという点だ。
使った瞬間に価値が消える、あるいは急速に減価する。ものによっては長い長い年月をかけて価値を帯びるものもあるかもしれませんが。
キャッシュフローの観点で見れば、推し活はほぼ例外なく「出ていく一方」の活動である。
自分のキャパシティを超えた瞬間、危険が始まる
問題は、推し活そのものではない。
問題は、自分の経済的キャパシティを超えて行ってしまうことだ。
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「今回だけ」
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「推しのためだから」
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「みんなやっているから」
こうした理由付けは、非常に強力だ。
だが、収入や貯蓄、将来の計画を無視して推し活にお金を使い続ければ、当然のように家計は悪化する。
これは特別な話ではない。
構造上、貧困化に向かいやすい活動なのだ。
競争心を煽る仕組みは、特に危険
推し活の中でも、特に注意すべきなのが競争心を煽る設計が組み込まれているものだ。
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課金額ランキング
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スパチャの色や金額による可視化
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「誰が一番支えたか」が分かる仕組み
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限定◯名、限定◯回
これらはすべて、偶然ではない。
提供側は明確に理解している。
人は競争や承認欲求に非常に弱いということを。
競争している感覚に入った瞬間、消費は理性では止めにくくなる。
この時点で、すでに提供側の術中にはまっていると言っていい。
大富豪でない限り、行き着く先は限られている
もし、無尽蔵の資産を持つ大富豪であれば話は別だ。
年間数千万、数億円を推し活に使っても、生活に影響は出ないだろう。
しかし、ほとんどの人はそうではない。
収入が限られている中で、競争心を煽られながら消費を続ければ、行き着く先はかなり限定されている。
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貯蓄ができない
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将来不安が増す
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精神的な余裕がなくなる
結果として、推し活で得られるはずだった幸福感そのものが薄れていく。
課金ゲームも本質は同じ
この構造は、課金ゲームにもそのまま当てはまる。
課金ゲームは、最初から「お金を使わせるために設計されている」。
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ガチャ
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排出率
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期間限定イベント
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他プレイヤーとの比較
すべてが、競争心と希少性を刺激する。
「課金しなければ楽しめない」
「課金しないと置いていかれる」
そう感じさせる設計になっている以上、使わないようにする方がむしろ難しい。
だからこそ昔から言われる。
課金ゲームは、ご利用は計画的に。
これは単なる注意喚起ではなく、構造的な警告だ。
推し活で幸福を感じる人も、確かにいる
ここまで読むと、「推し活=悪」と捉えられてしまうかもしれない。
だが、そうではない。
人によっては、推し活によって大きな幸福感を得ているケースもある。
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日常に張りが出る
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共通の話題で人と繋がれる
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応援することで前向きになれる
これらは、否定されるべきものではない。
問題は、度を超えたときだ。
過剰になると、幸福感はむしろ下がる
推し活が行きすぎると、次第に感情が変質していく。
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応援が義務になる
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お金を使えない自分に劣等感を抱く
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他人と比較して疲弊する
この状態では、もはや純粋な楽しみとは言えない。
さらに、資金を使いすぎた結果、
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将来への不安
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生活の圧迫
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自己嫌悪
こうした感情が積み重なり、幸福感は確実に低下していく。
キャッシュフローは、人生の酸素である
どんなに楽しい活動でも、キャッシュフローが破綻すれば続かない。
お金は目的ではないが、人生を回すための酸素のようなものだ。
推し活や課金が、その酸素を過剰に消費してしまっていないか。
一度、立ち止まって考える価値はある。
健全な推し活のために必要な視点
推し活を否定する必要はない。
だが、以下の視点は持っておきたい。
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使う上限を明確に決める
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他人と競争しない
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幸福感が上がっているかを定期的に振り返る
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将来の自分を犠牲にしていないか考える
これらを意識するだけで、推し活は「人生を削る行為」ではなくなる。
消費は、静かに人生を削ることがある
推し活も課金も、それ自体は悪ではない。
だが、
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競争心を煽られ
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キャパシティを超え
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キャッシュフローを毀損し
それでも続けてしまうなら、それはもう「娯楽」ではなく「構造的搾取」に近い。
大切なのは、
自分が主導権を持って消費しているかどうか
推し活は、人生を豊かにもできるし、静かに貧困化へ導くこともある。
その分岐点は、思っている以上にシンプルで、そして自分の意識次第なのだと思う。