相続税と贈与税について考えた日

――45歳で人生の「最後」を考えるということ

今日は、相続税や贈与税について、少し真剣に考えてみた。

正直に言えば、45歳という年齢で「死んだ後のこと」をあれこれ考えるのは、どこか気が早い気もする。
まだまだやりたいこともあるし、子どもと過ごしたい時間も山ほどある。今すぐどうこうなる話ではない。

ただ一方で、妻と子どもを持つ身として、「何も考えない」という選択をするのは、やはり無責任なのだろうとも思う。

万が一のとき、家族がどうなるのか。
残した資産は、どのように扱われるのか。
それを一度も考えずに日々を過ごすのは、少なくとも自分の性格には合わない。


日本の相続税・贈与税は「重い」というより「納得しづらい」

相続税や贈与税そのものが存在すること自体に、強い拒否反応があるわけではない。
税金は社会を維持するために必要なものだし、ある程度の再分配が行われることにも、理屈としては理解がある。

ただ、日本の相続税・贈与税について考えれば考えるほど、「重い」というよりも、「納得しづらい」という感覚が強くなる。

・制度が複雑すぎる
・長期的な予見性がない
・ルールが途中で変わる可能性が高い
・しかも税金の使い道が見えづらい

こうした要素が積み重なると、「払うこと」よりも、「払わされ方」に違和感を覚えるようになる。

特に相続税は、人生最後のイベントに対して課される税金だ。
そのお金が、未来の社会を良くする方向に使われるのであれば、まだ飲み込める。

しかし実際には、再分配という聞こえの良い言葉の裏で、効率的とは言い難い支出が続き、助成金や補助金に依存する構造が温存されているようにも見える。

そうした状況を冷静に眺めると、「最後までここまで取られるのか」という感情が湧いてくるのも、無理はないと思う。


色々考えたが、今できることは意外と少ない

では、相続税や贈与税を考慮するために、今から何か積極的に動くべきなのか。
この点についても、かなり考えた。

非居住者になって10年が経過すれば、相続税や贈与税の多くが課税対象から外れる、という現行ルールは一見すると分かりやすい。

ただし、これは「今の制度」の話だ。

過去には、この期間が5年から10年に延長された例もある。
つまり、国の判断ひとつで、10年が15年になることも、20年になることも、理論上は十分あり得る。

そう考えると、

「10年耐えればOK」

という前提のもとで人生設計を組むのは、あまりに不安定だ。

制度に期待して待つ、というのは、自分の人生をコントロールしているようで、実はコントロールを放棄しているのと同じなのかもしれない。

あれこれ考えた結果、「今この瞬間にできる、決定打のような対策はほぼ無い」という結論に近づいていった。


結局、自分でコントロールできることに注力するしかない

では、どう考えればいいのか。

答えは、少し拍子抜けするほどシンプルだった。

自分でコントロールできることに、全力で注力するしかない。

税制は変えられない。
将来の法律改正も予測できない。
相続税がどうなるかを完全に制御することは不可能だ。

一方で、

・どこに住むか
・どの国で稼ぐか
・どれだけ資産を増やすか

これらは、少なくとも一定程度、自分の努力と判断でコントロールできる。


シンガポールに住んでいるという「前提」

いま自分は、シンガポールに住んでいる。

この国は、正直に言って、かなり完成度が高い。
治安、税制、インフラ、教育、医療、ビジネス環境。
どれを取っても世界トップクラスだと思う。

だからこそ、

「変に動いて、シンガポールから追い出される」

という事態は、何としても避けたい。
これは冗談半分、本音半分だが、かなり重要なポイントだ。

ここは、いまの自分と家族にとって、間違いなく最高の国だ。


発想を切り替える:相続税がかかっても大丈夫な状態を作る

ここで、考え方を少し変えてみる。

仮に、将来、日本の相続税が厳しく、最終的に資産の半分近くを持っていかれるとしよう。

それでも、

「今くらいの資産が残れば十分だ」

と言える状態であれば、話はかなり変わってくる。

つまり、

  • 今の資産を前提に相続税対策を考えるのではなく

  • 今から資産を倍増させることを前提に考える

という発想だ。

シンガポールに居住しているケースであれば、少なくとも暗号資産や金融資産のキャピタルゲインに対する課税は、日本よりはるかに穏やかだ。

もし今後、資産を倍にできれば、仮に相続税で半分持っていかれたとしても、家族には「今と同じ水準」の資産を残すことができる。

この考え方に至ったとき、不思議と気持ちが軽くなった。


考えすぎず、前に進む

相続税や贈与税について考えること自体は大切だ。
しかし、それに振り回されすぎて、今やるべきこと――稼ぐこと、価値を生むこと、家族と過ごすこと――がおろそかになっては、本末転倒だ。

結局のところ、

  • 制度は変えられない

  • 未来は完全には読めない

  • だからこそ、自分で動かせる部分に集中する

これが、いまの自分にとって一番健全なスタンスだと思う。

まだ死ぬつもりはない。
だったら、悩みすぎず、前に進もう。

自分でコントロールできることに注力して、邁進する。
今日は、そんな結論に落ち着いた。