足るを知覚することもまた大事

――「増やし続ける人生」から「足るを知る人生」への転換点――

資産形成を続けていると、ある時ふと立ち止まる瞬間があります。
「これ以上、どこまで増やす必要があるのだろうか?」
「今の資産は、本当に“足りていない”のだろうか?」と。

勤労であれ、資産運用であれ、私たちはどうしても**「もっと」「さらに」**という思考に引っ張られがちです。
しかし冷静に数字を並べてみると、「実はもう十分なのではないか」と思えてくる地点が、確かに存在します。


■ 資産規模を、あらためて数字で考える

仮に純資産が500万ドル(約7.5億円)あるとします。
この金額は感覚的には「大きい」と思いつつも、日常生活の中ではなかなか実感しづらいものです。
そこで、あえて単純な前提で分解してみます。

仮にこの資産を**年利5%**で安定的に運用できたとすると、

  • 年間収益:25万ドル(約3,750万円)

となります。

この25万ドルは、元本を一切取り崩さずに得られる「収入」です。
つまり、働かなくても、資産が資産を支える状態にすでに入っているということになります。


■ 25万ドルあれば、どんな生活ができるのか

では、年間25万ドルという金額で、どの程度の生活ができるのでしょうか。

  • 住居・生活費:10万ドル

  • 子どもの教育費(インターナショナルスクール等):4万ドル

  • 医療・保険・安全費用:1万ドル

  • 旅行・娯楽・余暇:2万ドル

これらをすべて足しても、なお8万ドル以上の余剰が残ります。

多くの国、多くの都市において、これは「普通より上」どころか、
かなり余裕のある生活水準です。

しかも重要なのは、この生活を「資産を減らさずに」続けられるという点です。


■ 「増やし続けなければならない」という思い込み

資産形成を長く続けていると、知らず知らずのうちに
「増やし続けなければ意味がない」
「資産は拡大してこそ価値がある」
「あの人はあれだけ稼いでる」
という思考に支配されがちになります。

しかし、これは本当に正しいのでしょうか。

資産がまだ少ない段階では、「増やす」ことが最優先になります。
生活の安全が確保されていない以上、リスクを取る必要があるからです。

けれども、生活・教育・医療・将来不安がすでに解消されている状態においても、同じテンションでリスクを取り続ける必要があるかどうかは、別問題です。


■ お金持ちになることと、お金がある状態を維持すること

よく言われることですが、

金持ちになることよりも、金がある状態を維持することの方が難しい

という言葉には、大きな真実があります。

資産を一時的に大きく増やすことは、運や時流によって可能です。
しかし、その資産を長期間、安定して保ち続けるためには、

  • リスクを取りすぎない判断

  • 撤退する勇気

  • 「やらない」という選択

が不可欠になります。

実際、資産がある状態だからこそ、

  • 攻める時は攻める

  • セーブすべき時はセーブする

という選択の自由が生まれます。
この自由こそが、資産の本質的な価値なのかもしれません。


■ 「確信を持てる取引だけに乗る」という贅沢

資産が十分にある状態になると、投資に対するスタンスも変わります。

  • 毎日相場を追わなくてもいい

  • 無理にチャンスを探さなくてもいい

  • 焦ってポジションを取らなくてもいい

そして、

「これは確信がある」
「これは自分の理解の範囲だ」

そう思える取引だけに、静かに乗ることができます。

これは、資産が少ない時代にはなかなかできない贅沢です。
生活のために、無理にリスクを取らなければならないからです。


■ 勤労でも、資産運用でも同じこと

この話は、投資家に限った話ではありません。
勤労所得においても、同じ構造が見られます。

  • 昇進を重ねても、生活はそれほど変わらない

  • 収入が増えても、使う時間は増えない

  • 責任だけが増えていく

それでも「もっと上へ」と進み続けるのか。
それとも「今はもう十分だ」と一度立ち止まるのか。

これは、人生の選択の問題です。


■ 足るを知ることは、諦めではない

「足るを知る」という言葉は、時に
「向上心がない」
「挑戦をやめた」
と誤解されがちです。

しかし本来の意味は、そうではありません。

足るを知るとは、現状を正確に認識したうえで、
次に何を選ぶかを“自分で決める”ということ

です。

足りていないから走る。
十分だから立ち止まる。
あるいは、十分だけれど、あえて別の山に登る。

その選択を、恐れや焦りではなく、納得感で行える状態こそが大切なのだと思います。


■ 資産の役割は「人生の自由度」を上げること

資産の目的は、数字を増やすことそのものではありません。

  • 時間の自由

  • 場所の自由

  • 判断の自由

  • 「やらなくていい」自由

これらを確保するための手段です。

500万ドルという資産規模は、人生の自由度という観点では、すでに十分な水準に達していると言えるでしょうし、人それぞれにこの値は加減されるでしょう。


■ これからの資産との付き合い方

ここから先は、

  • 無理にリスクを取らない

  • 確信のある時だけ動く

  • 生活は資産の利回りで回す

  • 余剰は静かに再投資する

そうした穏やかで強い戦略が、最も合理的になります。


■ 最後に

資産形成を続けてきた人ほど、
「もっと上へ行ける」という感覚を持っています。

それ自体は、間違いではありません。
しかし同時に、

「今の地点は、もう十分ではないか?」

と自分に問いかけることも、同じくらい大切です。

勤労でも、投資でも、人生でも。
忘れがちですが、

足るを知ることもまた、一つの知性であり、強さなのだ

と私は思います。

増やすことを選ぶのも自由。
維持することを選ぶのも自由。
立ち止まり、別の価値に時間を使うのも自由。

資産があるということは、その自由を選べる状態にあるということなのです。