制度で設計された尊厳死・安楽死の必要性──「生きる」ことと「死ぬ」ことの選択を考える

「自ら命を絶つことは望ましくない」──これは多くの宗教や道徳において共通する考え方です。キリスト教では「自殺は神が与えた命を冒涜する行為」とされ、仏教では「命を断つことで苦しみが解消されるのではなく、別の形で苦しみが続く」と教えられます。一方で、現実には、希望を見出せず、生きる力すら残されていない人々が存在しています。そして、彼らが「死を選ぶ権利」を持つべきではないかという議論は、医療や倫理、法制度の中で重要なテーマとなっています。


1. 「自死」の是非を超えて考えるべき現実

1-1. 自ら命を絶つ力すらない人々の存在

現実には、体が動かせなかったり、自分で死を選ぶ力さえ残されていない人がいます。彼らは重篤な病気や障害、末期の苦痛に苛まれ、「これ以上の延命には意味がない」と感じることがあります。しかし、現在の日本では、そうした願いを聞き届けることは法律上「殺人幇助罪」に該当します。そのため、関わる家族や医療従事者は苦しむ本人を目の前にしながらも何もできない現状が続いています。

1-2. 道徳と現実のギャップ

「生きる希望を見つけることが最良」という考え方には道徳的な説得力があります。しかし、それは往々にして「当事者ではない人々」の発言に過ぎません。実際に耐えがたい苦痛や絶望の中で生きる人にとって、その言葉は時に残酷なものとなります。現状では、死を願う本人だけでなく、家族や医療関係者も無力感を抱き、誰も幸せにはなれない状況が生まれてしまうのです。


2. 尊厳死・安楽死の必要性──個人の意思を尊重する制度設計

2-1. 尊厳死と安楽死の違い

  • 尊厳死:延命治療を中止し、自然な死を迎えることを選ぶこと。
  • 安楽死:苦痛を伴う死を避けるため、医師の助けを借りて薬物などで命を終える行為。

いずれも、本人の意思が尊重されるべきであり、制度として設計されれば、苦しむ人々やその家族にとって希望の一端となり得ます。

2-2. 制度化の意義

尊厳死や安楽死が法制度として整備されることで、以下のような効果が期待できます。

  1. 苦痛を減らす
    延命治療が本人にとって意味を持たず、ただ苦痛を引き延ばすだけである場合、その負担を軽減する選択肢を提供します。
  2. 家族の心理的・経済的負担の軽減
    終わりの見えない医療費や介護負担は、家族にとっても大きな負担です。本人の意向に沿った形での終末期ケアが可能になれば、家族の苦しみも軽減されるでしょう。
  3. 社会的コストの削減
    延命治療のために莫大な医療費が使われ続ける現状は、社会全体の財源にとっても大きな負担となっています。これを適切に管理することで、他の医療分野への資源配分が可能となります。

3. 生命の尊厳を守るための制度設計

3-1. 正しい判断を可能にするプロセス

尊厳死や安楽死が誤用されることを防ぐためには、厳格な制度設計が必要です。

  1. 専門家による判断
    医師や心理カウンセラー、法律家などの専門家が、本人の意思が確固たるものであるかを慎重に確認する仕組みを整えるべきです。
  2. 本人の意思確認
    安楽死や尊厳死を選ぶ際には、本人が十分な情報を持ち、冷静に判断できる状態であることを保証する必要があります。
  3. 定期的な意思確認
    一度の決断で終わらせるのではなく、定期的に本人の意思を確認するプロセスを導入することで、誤った判断を防げます。

3-2. 倫理的な議論を深める

  • 宗教的・文化的な配慮:宗教や文化によって生命観は異なります。それらを無視せず、多様な価値観を尊重する議論が必要です。
  • 倫理委員会の設置:患者ごとのケースを検討し、最適な選択肢を提案できる倫理委員会を設けることも重要になってくるかもしれません。

4. 「幸せの総和」を増やすために

尊厳死や安楽死を正しく制度化すれば、個人の苦痛や社会的な負担を軽減し、結果として「幸せの総和」を増やすことができると考えています。

  • 苦しむ人が解放される:耐え難い痛みや絶望を抱える人にとって、終わりを選ぶ自由は大きな救いとなります。
  • 周囲の人々の心の安寧:家族や医療従事者も、本人の意向を尊重した形での見送りが可能になれば、後悔や罪悪感から解放されるでしょう。

生命の尊厳を守り、幸せな社会を目指して

「生きる」ことも「死ぬ」ことも、本人が選ぶべきものです。もちろん、生きる希望を見出すことが理想ですが、それが現実的でない場合、尊厳死や安楽死という選択肢があることで、苦しむ人々やその家族にとって新たな希望を提供できます。

制度設計を通じて、個人の尊厳と幸せの総和を守る社会を目指すべきです。この議論は、私たちが「生きること」の意味や価値を深く考えるきっかけとなるでしょう。